SP「不便と向き合う」

長らく不便を強いてきてたお施主様に、ようやく水廻りの使用を再開してもらうことができました。

いつのときもフタを開けてみてわかる現実があります。
もちろん中身を想定し、頭で一度作業するという工事イメージをわかせて見積も行うわけですが、
フタを開けて実際に手を加えていくと、使いたくはない想定外という言葉が表れる場面もあります。

完成までの道筋を変更した方が後々スムーズかもしれないと、常に頭は作戦改めばかりの作業時間です。

あらゆる条件・状況を加味すると、今できる自分の全てだったのでしょうが、次はこれ以上のプロセス・成果を目指して進まなければと身が引き締まります。

まだ、工事完了ではなく建具工事と塗装工事が残っていますが、まずは胸を撫で下ろす思いです。
残作業も急ぎまとめたいと思います。

さて家の水廻りが使えない期間、お施主様は不便をご理解のもと、一ヶ月くらいを通常と違う生活をされました。
トイレは外の仮設。

お風呂は近くの親戚の家へお世話になるという生活。

普段の生活の便利に慣れてしまうととても億劫になる期間かもしれませんが、お施主様はとても前向きにこの時間を過ごされていました。

ちょうどお風呂が使えることになった金曜日には、自分の畑で採れた大根を片手に親戚にお礼に行ってきたようです。
自分の生活があるのは、必ず周囲のつながりと連動していることを忘れてはいけないというお手本のようでした。

不便とは負担なのか?
人間生きていく上に必要なものは絞り込んだら指を数えるほどなのかもしれません。
自分への様々なストレスから身を守る器、そして、心にゆとりがもてる暮らし。
そこは便利が主体ではなく、生活の根本がいつまでも永く変わらずにあることが大切なのだと思いました。