SP「伝統とこれから」

ブログを閲覧いただきありがとうございます。
富士吉田市で大工として住まいづくりをトータルサポートしている梶原建築代表の梶原高一です。

先日は3年ぶりの春祭り行事に参加してきました。

春祭りといえば、我々の地域では42歳の厄年の男子が担ぐ御神輿。

↑4年前。当時は2コ上の先輩たちが主。私の同級生は助っ人というお役目。

思い返せば、2年前の自分たち世代が主役の年は未知の感染症の脅威のために、
ギリギリまで練ってきたこのイベントも開催2週間前に事実上の中止が決定。

御神輿は本殿の前に出して飾り付けただけ。
神社サイドは神事だけでもしなくては、ということで、
当日は担ぎ手の代表数名とともに何か所かある道祖神をお祓いだけしてきました。

とても悔しかったことを覚えていますが、これだけはどうにもなりません。

そして、昨年の後輩たちも結局担げず終いで同じスタイル。


ようやくワクチン接種や密になることを避けての手法として、
今年はトラックに御神輿を載せて担ぎ手は距離をとって渡り歩きました。

私の参加は所属する獅子舞神楽保存会(いつもの太々神楽とは違います)にて御神輿の先導を。


いわゆる御神輿が通る場所を獅子舞でお清め・お祓いしていく立場です。

お祭りが行われるという認知が弱かったのか、表に出てくる人は少なかったですね。

急にお祭りらしく、というわけにはまだまだいかないかもしれませんが、それでも少しでも明るい雰囲気をつくれたのではないかな。

懸念するのは、以前のような迫力あるお祭りはもう難しいのかもしれないということ。

御神輿も感染拡大前は60人以上が参加し、昼の12時から夜8時過ぎまで担ぎまくったものです。

今年の開催は対策しながらの制限付きでできたけど、
そもそも人数も少なくて通常通りでも以前のような体制は難しかったようです。

結局は若い世代になるほどそもそも担ぎ手が少ないということは既に周知の事実。

御神輿を担ぐのではなく今回のように山車に載せて曳くようなスタイルが来年以降も常態化する予感がします。

ちなみに節分祭で豆まきに使っていた桝を何十年も弊社でつくってきましたが、
今年はつくらないことを決めたらしく、初めて厄年が桝を持たない年となりました。

個人的にはこの桝も縁起物のような意味合いもこめて携わらせていただいたのですが、
必要かどうかは私どもが決めるわけではないので、少し残念な思いです。

春祭りを終えて、伝統というものは「引き継ぐ」というより、私的には「繋ぐ」という感覚が適している気がします。

長年続けてきたものを丁寧に維持しながら繋ぐ。時代に併せて変化しながらも本質的に大切なことを繋ぐ。

地域行事は長い歴史の積み重ね。

我々の住宅建築も伝統工法と呼ばれる古(いにしえ)の手法が素地ですが、多くの変遷を経てベースは変わらずも進化しています。

みなさんは、「伝統」というものをどう考えますか?

私は、伝統通りが全てとはいいませんが、歴史を積み重ねてきたことはとても重く、
ベースとなるものはいつまでも大切に繋いでいきたいと強く思いました。